2010年代後半からDXが本格化し、医療業界でも医療従事者不足や働き方改革への対応が急務となっています。
ただ、実際の導入現場を見ると、思うようにいかないケースも多いのが現実です。せっかく導入したシステムが現場の業務フローに合わない、セキュリティ面での不安が払拭できない、投資対効果が見えにくいといった課題に直面している医療機関は少なくありません。
医療DXソリューションを提供する側として、医療機関が抱える懸念や導入障壁を理解することは極めて重要です。本記事では、2025年現在の医療DXの実態を整理し、市場機会と技術戦略について考察していきます。
CTOとして事業を推進されている皆様にとって、今後のプロダクト開発や事業戦略の参考になれば幸いです。
第1章:医療従事者不足と超高齢化社会の現実
数は増えているのに、なぜ足りないのか?
「医療従事者不足」というニュースを耳にすると、多くの方が医師や看護師の数が減少していると想像するかもしれません。しかし、実際のデータを見ると意外な事実が浮かび上がります。
医師数は2002年の26万2,687人から2020年には33万9,623人へと約33%増加し、2022年には34万3,275人と過去最多を記録しています(出典:「診療所医師数の現状①―2020年医師調査から」2023年2月3日)。看護師数も同様で、2008年の約87万7,000人から2018年には約121万8,600人と10年間で1.4倍に増加し、現在は約173万人に達しています(出典:看護roo!「看護師の数は121万8600人【過去最多】10年間で1.4倍に」。
では、なぜ「足りない」という声が絶えないのでしょうか。
答えは需要の増加スピードにあります。団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる2025年には、75歳以上人口が全人口の約18%に達し、2040年には65歳以上人口が全人口の約35%になると予測されています。高齢者1人当たりの医療費は若年者の4-5倍とされており、医療需要の増加スピードが医療従事者の供給増加を大きく上回っているのが現状です。
教育効率化による解決可能性
この需給ギャップを解決するには、単純に医療従事者の数を増やすだけでは限界があります。医師や看護師の養成には長期間を要し、教育機関の収容能力にも制約があるためです。そこで重要になるのが、既存の医療従事者の「質」と「効率性」の向上です。
従来の医療教育は時間的制約、地域格差、コスト面で多くの課題を抱えていました。現場の忙しさで研修時間を確保することが困難であり、専門的な研修機会には地域差があり、集合研修には高額な開催費用と移動費用がかかっていました。
技術による教育革命の実例
私たちはこうした課題解決に向けて、医療教育分野でのDXプロジェクトに参画してきました。
一つは医師国家試験向けのe-learningサービスの開発です。いつでもどこでも学習できる環境を整備し、個人の進捗状況を可視化することで、効率的な試験対策を可能にしました。
もう一つは、株式会社メネルジア様の医療従事者向け動画配信サービス「iryoo.com」への追加開発で参画しました。(出典:iryoo.com公式サイト。)このサービスは医療現場の業務効率化のための「動画視聴管理ツール」として、手術や各種手技の動画共有を可能にしています。私たちはコミュニケーション機能やライブ配信視聴予約機能の実装を担当し、医療従事者間の知識共有をより円滑にする仕組みを構築しました。
これらの技術により、時間と場所の制約を超えた標準化された質の高い教育が実現し、医療従事者一人ひとりのスキル向上が効率的に行えるようになっています。需給ギャップを解決する鍵は、このような教育のデジタル化も必要だと考えています。
第2章:2024年4月施行の働き方改革への対応課題
働き方改革の規制内容と現実のギャップ
2024年4月に施行された医師の働き方改革では、医師の時間外・休日労働に上限規制が導入されました。しかし、この規制導入から約半年後の調査では、深刻な問題が浮き彫りになりました。ユビー株式会社の調査によると、医師の約7割が「働き方改革による労働時間短縮を実感していない」と回答しています出典:PR TIMES「医師の約7割が『働き方改革による労働時間短縮を実感せず』」
2024年8月29日。労働時間が短縮されていないと感じる理由として、52.4%の医師が「実施された対策が不十分で効果が見られない」と答えており、現場レベルでの根本的な改善が進んでいない実態が明らかになっています。
ICT活用の期待と現実:70%が効果を実感できていない
さらに深刻なのが、業務効率化の切り札として期待されているICT活用の現状です。株式会社フロンティア・フィールドが2024年1月に実施した調査では、70%の現場医師が「ICTを活用した業務効率化が進んでいない」と回答しました(出典:株式会社フロンティア・フィールド「医師の働き方改革に関する実態調査」2024年1月。
この調査では、医療機関経営者124名と医師200名を対象にアンケートを実施した結果、63.7%の医療機関経営者も「医師の働き方改革に課題を感じている」と回答しており、経営層と現場の双方でICT活用による業務効率化が期待通りに進んでいない状況が浮き彫りになっています。
生成AIへの高い期待:新たな解決策への転換
一方で、医師の関心は従来のICTからAIへと明確にシフトしています。Indeed Japan株式会社が2024年8月に実施した「AIの業務利用に関する実態・意識調査」では、医師の68.9%が「AIを業務に利用したい」と回答し、AI技術への期待の高さが明らかになりました出典:Indeed Japan株式会社プレスリリース
2024年9月27日。
特に注目すべきは、医師がAI利用によって削減したい労働時間の具体的な数値です。調査対象の医師424名は、平均21.9%(週11.6時間)の労働時間をAI利用で削減したいと回答しています。また、最も期待する活用業務として、定型の事務作業(診療記録の作成など)が59.1%、情報分析・課題解決業務(患者の病状評価と診断など)が44.2%となっており、生成AIの得意分野と医師のニーズが合致していることが分かります。
これらの調査結果は、医療テック分野のCTOにとって重要な示唆を与えています。従来のICTツールでは70%の医師が効果を実感できていない一方で、68.9%の医師がAI活用に前向きという事実は、生成AI技術が医療現場の業務改善における新たなキーワードとなることを示しています。働き方改革の法的規制だけでは解決できない現場の課題を、生成AIによって解決できる可能性が高まっています。
第3章:医療機関の経営危機と収益構造の問題
慢性的な赤字構造
日本病院会などの調査による医業利益の赤字病院割合を見ると、2018年度67.6%、2020年度85.3%、2021年度73.5%、2023年度83.3%、そして2024年度69.0%となっています。(出典:日本病院会「2024年度病院経営定期調査)。この数字が示すのは、約70%前後の病院が一貫して本業である医療事業で赤字を計上しているという事実です。
長期間にわたって常態化している構造的問題であることが分かります。基本的には7割の病院が慢性的に医業利益で赤字という状況が続いています。
需要増加と赤字の不可解な矛盾
ここで一つの疑問が生まれます。医療需要は確実に増加しているにも関わらず、なぜ医療機関は赤字なのでしょうか?
厚生労働省の統計によると、国民医療費は継続的に増加しており、令和5年度の概算医療費は46.7兆円に達しています。1日当たり医療費も入院・外来ともに増加傾向にあり、入院では平成12年度の30.8千円から令和5年度には42.4千円へ、外来では同期間に6.4千円から10.3千円へと上昇しています。(出典:厚生労働省「医療機関を取りまく状況について」)
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さらに、日本の高齢化率は2070年には39%に達すると推計されており、医療需要の長期的な増加は確実視されています。
通常のビジネスであれば、需要の増加は売上の増加につながり、適切な運営により利益の改善が期待できます。しかし、医療業界では需要増加と赤字経営が並存するという、他業界では考えにくい現象が起きています。
価格統制による収益構造の根本的制約
この矛盾を理解するためには、医療業界特有の価格決定メカニズムを把握する必要があります。
医療機関は、提供するすべての医療サービスの価格を自由に設定することができません。 診療報酬制度により、検査、処置、手術、入院等のあらゆる医療行為の価格が国によって詳細に定められており、医療機関は完全な「価格受容者」の立場に置かれています。
この制約がどれほど深刻かは、具体的な数字で明確になります。厚生労働省の分析によると、2018年度と2023年度の病院の100床当たり損益を比較した場合、事業費用が+14.7%増加したのに対し、事業収益の増加は+10.3%に留まっています(出典:厚生労働省「医療機関を取り巻く状況について」)
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年率換算すると、コストは年約3%で上昇している一方、収入源である診療報酬の改定率は年0.2%程度という構造的なミスマッチが生じています。2024年度診療報酬改定でも本体部分の改定率は+0.88%であり、物価上昇やコスト増加に全く追いついていない状況です。(出典:厚生労働省「令和6年度診療報酬改定について」)
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コスト構造の詳細分析:人件費増加の不可避性
赤字の最大要因は人件費の増加です。同期間の100床当たりの費用増加内訳を見ると、人件費が91,470千円と最も大きな増加要因となっています。(出典:厚生労働省「医療機関を取り巻く状況について」。)
医療における人件費増加は、以下の要因により不可避的な性格を持っています:
法的制約による人員配置基準:医療法により、病床数に応じた医師・看護師の最低配置基準が定められており、人員削減には明確な限界があります。
専門職の代替困難性:医師、看護師、薬剤師等の医療従事者は高度な専門知識を要求される職種であり、簡単に代替要員を確保することができません。
24時間体制維持の必要性:入院患者を抱える医療機関では、夜間・休日も含めた24時間体制の維持が不可欠であり、人員の効率的配置に制約があります。
さらに、材料費も大幅に増加しており、医薬品費+19.2%、その他医療材料費+23.9%、水道光熱費+18.1%の上昇が確認されています厚生労働省「医療機関を取り巻く状況について」。これらの費用増加も、医療の質や安全性を維持するためには削減が困難な性格を持っています。
効率化による解決策の限界
価格を自由に設定できない制約下では、医療機関が利益を確保する唯一の方法は業務効率の改善となります。しかし、医療業界における効率化には構造的な限界が存在します。
医療安全性の制約:医療事故のリスクを最小化するため、ある程度の「冗長性」や「安全マージン」を確保する必要があり、過度な効率化は患者の安全を脅かす可能性があります。
品質維持の制約:医療の質を維持するためには、十分な時間をかけた診察・治療が必要であり、単純な時間短縮による効率化には限界があります。
設備投資の回収期間:高額な医療機器への投資は長期間の減価償却を伴い、短期的な効率化効果では投資回収が困難な場合が多くあります。
実際に、多くの医療機関では既に相当な合理化努力が行われており、従来型の効率化手法では解決困難な段階に達している可能性が高いと考えられます。
構造的課題への対応可能性
この分析から明らかになるのは、医療機関の赤字問題が個別病院の経営努力や従来型の効率化だけでは解決困難な、制度的・構造的な課題であるということです。
根本的な解決には、診療報酬制度の抜本的見直し、医療財源の確保、規制緩和等の政策レベルでの対応が必要と考えられます。一方で、AI技術の活用による診断・治療プロセスの革新や、遠隔医療による効率化等、技術革新によるブレークスルーの可能性も期待されています。
ただし、これらの解決策も規制や現場での受容性、導入コスト等の課題を伴うため、短期的な劇的改善は期待しにくいのが現実です。
CTOとして医療業界への参入を検討する際には、この構造的制約を十分に理解した上で、既存の延長線上ではない抜本的なイノベーションの可能性を模索することが重要になるでしょう。
まとめ
本記事では、医療現場が直面する3つの主要課題を分析してきました。人材不足、働き方改革、経営危機は表面的には異なる問題に見えますが、いずれも従来型のアプローチでは解決困難な構造的課題であることが明らかになりました。
特に第3章で分析した通り、医療機関の約70%が慢性的に赤字という現実は、価格統制下でコスト上昇に対応できない業界構造の限界を示しています。これらの課題は、単純な効率化ツールではなく、医療提供プロセス自体を変革する抜本的なイノベーションを求めています。
私たち受託開発会社として、医療テック企業の皆様とともにこの挑戦的な市場に取り組む中で感じるのは、構造的課題の複雑さと同時に、技術によるブレークスルーの可能性の大きさです。CTOの皆様が今後のサービス運営を検討される際に、本記事の分析が戦略立案の一助となれば幸いです。
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東京都のwebアプリ、スマートフォンアプリ開発会社、オプスインのメディア編集部です。
・これまで大手企業様からスタートアップ企業様の新規事業開発に従事
・経験豊富な優秀なエンジニアが多く在籍
・強みはサービス開発(初期開発からリリース、グロースフェーズを経て、バイアウトするところまで支援実績有り)
これまでの開発の知見を元に、多くのサービスが成功するように、記事を発信して参ります。
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