はじめに
多くの企業において、サーバー機器の保守期限(EOS:End of Support:メーカーによる保守サポートが終了する期限)や、急激なアクセス増減に対応しきれない拡張性の不足は、避けて通れない課題となっています。
これまでは「自社で資産を持つ」オンプレミス運用(自社内または専用のデータセンターでサーバーやネットワーク機器を所有・管理する運用形態)が一般的でしたが、現在はクラウド移行が有効なケースもあるかと思います。
本記事では、移行に伴うメリットだけでなく、セキュリティリスクの所在やコスト構造の変化について、客観的な視点で整理します。御社の検討の判断材料になれば幸いです。
クラウド移行が運用にもたらす変化
クラウド移行によって、運用の「物理的制約」から解放される点は大きなメリットです。
物理管理の解消
データセンターでの機器設置、故障対応、5年周期で訪れるリプレース作業(機器の入れ替え作業)が不要になります。情報システム部門は、ハードウェアの維持ではなく、より上流の業務にリソースを割くことが可能になります。
リソース管理の柔軟性
サーバーのスペック変更やディスク拡張が管理画面上の操作だけで完結します。数週間かかっていた調達プロセスが数分に短縮され、ビジネスの変化に即応できます。
アクセス性の向上と制限
テレワーク推進には不可欠な利便性ですが、境界防御(ネットワークの出入り口で不正アクセスを防ぐセキュリティ手法)が曖昧になるため、VPN(Virtual Private Network:インターネット上に仮想的な専用線を構築する技術)の設置やIPアドレス制限、端末認証といった「入り口」の制御を再設計する必要があります。
セキュリティにおける「利用者側」の責任とリスク
クラウドを利用する上で最も重要なのが「責任共有モデル」という考え方です。
責任共有モデルの原則
インフラ基盤(物理的な保護やハイパーバイザー:物理サーバー上で複数の仮想サーバーを動作させる基盤ソフトウェア)はクラウド事業者が守りますが、その上で動くOS、アプリケーション、データ管理は「利用者側の責任」となります。
ID・アカウント管理の徹底
クラウドはインターネット経由で設定変更が可能なため、ID管理の不備が致命的なリスクに直結します。
- 多要素認証(MFA:Multi-Factor Authentication)の導入:パスワードのみの認証を避け、ワンタイムパスコードや認証アプリなどを組み合わせることで、不正ログインのリスクを低減させることが必須です。
- アカウントの棚卸し:退職者の削除漏れは情報漏洩の温床となります。定期的な監査体制が求められます。
設定ミスの防止
クラウド事故の多くは、ストレージ(データ保存領域)の公開設定ミスなどヒューマンエラーに起因します。個人の注意に頼らない、二重チェックや自動監視の仕組みづくりが重要です。
既存システム(レガシー資産)の移行判断
すべての資産をそのままクラウドへ持っていけるわけではありません。ここでいうレガシー資産とは、古いOSや独自仕様で作り込まれた既存システムを指します。
「リフト(現状維持移行)」の検討
既存のOSやライセンスがクラウドでサポートされているかを精査します。特に古いOSは、クラウド上での動作保証がないケースも少なくありません。「リフト」とは、アプリケーションの中身を変えずに、インフラだけクラウドへ移すことを指します。
技術的な障壁
物理的なUSBドングル(ソフトウェアのライセンス認証用に差し込む物理キー)を必要とするライセンス認証や、特殊な周辺機器を前提としたシステムは、クラウド化の難易度が高くなります。
段階的な移行
まずは「そのまま移す(リフト)」ことでインフラ管理負荷を下げ、その後にクラウドネイティブな構成(クラウドの特性を前提に設計された構成)へ「最適化(シフト)」していくアプローチが現実的です。
コスト構造の変化と具体例(AWS基準)
クラウドは「資産(CapEx:Capital Expenditure:設備投資)」から「経費(OpEx:Operating Expense:運用費)」へとコストの性質を変えます。AWS(Amazon Web Services:アマゾンが提供するクラウドサービス)を利用した業務システムの構成例で、実際のボリューム感を見てみましょう。
パターンA:小規模構成(t3系インスタンス使用)
| EC2 t3.medium x2 + RDS db.t3.medium | 約2.5万円 |
| ALB + 基盤サービス | 約1万円 |
| WAF + CloudWatch | 約0.5万円 |
| インフラ合計 | 約4万円/月 |
| 運用代行(監視のみ) | +1.5~3万円 |
| 総合計 | 5.5~7万円/月 |
※用語補足:EC2(仮想サーバー)、RDS(マネージド型データベースサービス)、ALB(Application Load Balancer:負荷分散装置)、WAF(Web Application Firewall:Webアプリ用の防御)、CloudWatch(監視サービス)
パターンB:中規模構成(m5系インスタンス使用)
| EC2 m5.large x2~3 + RDS db.m5.large x1~2 | 約5~8万円 |
| ALB + NAT Gateway + データ転送 + S3 | 約3~5万円 |
| WAF + CloudWatch | 約0.5万円 |
| インフラ合計 | 約8.5~13.5万円/月 |
| 運用代行(監視+一部運用) | +5~10万円 |
| 総合計 | 13.5~23.5万円/月 |
※用語補足:NAT Gateway(プライベートネットワークからインターネットへの出口)、S3(オブジェクトストレージ:ファイルやバックアップデータを保存するサービス)
パターンC:大規模構成(高性能インスタンス、24時間運用代行)
| インフラ | 約10~15万円/月 |
| フル運用代行 | +10~20万円/月 |
| 総合計 | 20~35万円/月 |
移行を成功させるためのステップ
- アセスメント(現状調査):すべてを一斉に運ぶのではなく、影響度と難易度で優先順位をつけます。アセスメントとは、現状のシステム構成・性能・コストを棚卸しし、クラウド適合性を評価するプロセスです。
- スモールスタート:まずは周辺システムから移行し、社内でクラウド運用の知見を蓄積します。本番の基幹システムに着手する前に、運用ルールや監視体制を実験・調整する狙いがあります。
【補足】ソフトウェアの再構築が必要な場合
調査の結果、古いOSや特殊な仕様により、既存のソフトウェアをクラウドへ持ち込めない(リフトできない)ケースがあります。この場合、クラウド上で動作するようシステムを新しく作り直す「リビルド」が必要になります。リビルドとは、現行機能を踏まえつつ、ソースコードやアーキテクチャを一から作り直す開発手法です。
この場合、インフラ移行費用とは別に、数百万円から数千万円規模のソフトウェア開発費用が発生します。開発コストをかけてでもクラウドの柔軟性を手に入れるか、あるいはオンプレミスで機器だけを新調して延命するか。この投資判断が、プロジェクトの大きな分岐点となります。
まとめ
クラウド移行は手段であり、目的ではありません。物理管理の手間は減りますが、代わりに「ID管理」や「コスト監視」といった新しい運用ルールへの適応が求められます。
一方で、不透明だった維持費を可視化し、将来的なリプレース時の莫大な投資を抑えることで、結果的にトータルコストを削減できるケースも多く存在します。自社の環境において、利便性向上以外にどのような経費削減の可能性があるか、まずは現在の運用状況を整理し、一度弊社にご相談ください。クラウド移行の可能性についてフラットにご提案いたします。
